いらっしゃいませ、私のブログヘ
Wednesday, February 27, 2008
行ってまいりま~~す、まな板の上の鯉??
毎日、日本の姉からタイミングよく送られてきたDVDを見て過ごしてます。
すべて忘れられます。
明日は6時半まで行くので、朝が大変ですが、まぁ、細かいことは考えず、行ってまいります。
大体1週間で帰ってきます。
じゃ、そのときまた書きます。
Friday, February 22, 2008
車椅子生活 in アメリカ
ステップが上がり、ドアが閉まります。
今日のメンフィスは曇ってますね。ちょっと寒そう。4度くらいかな?
今日はまだ金曜日で、ともくがさっき電話してきて、
「お母さん、今からサムのところに行ってもいい?」
と言うので、
「私はいいけど」
ビリちゃも、今日は外に仕事に行き、ジャズちゃん、たまの3人でお留守番です。あ、後、テレビも。
ニャン子たちは、ソファーの上でしっかり寝てますね、寒いから。
さて、
電動車椅子を使うようになってから、かれこれ、1年半がたちます。その前は車椅子を押してもらってました。とにかく、足が痛くて歩けないまでになり、わかりきったことですね。
2005年に歩くのを断念しましたが、その夏、ビリちゃのお母さんが古い電動車椅子を安く買ってくれたので、かなり助かりました。そのころまだ学校なんか行ってたので、
「これで、自分ひとりでいける」と喜びました。
エンブレルを使い始めてから、痛みが楽になったので、少しは歩けるかと思いましたが、膝はかなり変形が進み、固まってる感じで、これ以上歩くと変形が進む、なんて思ったり、、、、。
実際、このアメリカでも、車椅子が行けないところがあります。建物に入るスロープがなかったり、ひどいときは、3階のクラスへ行くのに、エレベータが無かったこともあります。ちょっと泣きました。
今は、一人で出かけることがないので、いいんですが、そのうちまた一人で出かけたいと思ってます。
その中で、気づいたことを少しずつ書いてみたいな、と思いました。
その一つが、アメリカは自動ドアが少ない、と言うこと。学校なんかも、ボタンを押して開けられるドアがあります。でも、全部じゃないんですね。結構こまります。結局、誰か通るのを待って、頼んであけてもらわないといけませんから。
それから、3つ行ってる病院のドアも、2つは開けることができないし、検査に行ってもドアが開けられなかったな。。
去年の手術から、1年以上、一人で出かけていないので、一人で出かけられるようになるためのリハビリ、時間かかるかな、って思ってます。
後、家事のリハビリ。
一人でいるリハビリ(???)は結構順調に行ってます。
運がいいと思ったのは、今の家に前住んでいた夫婦も、奥さんがリウマチだったそうで、フロアに段差がありません。家との縁を感じましたね。
そんなことを考えてた、手術前の今日の私でした。
今日も付き合ってくれてありがとう。
Wednesday, February 20, 2008
ネコも呆ける!!‐-プチ、その1
プチの写真がないので、こんな感じかな、もっとかわいい(飼い主の欲目?)
自慢できることがあまりない私ですが、その中で自信を持って(???)自慢ができることは、子猫を50匹育てたことです。エッヘン!
大学のとき、先輩からシャムネコをもらったんです。そのネコのかわいいこと、頭のいいこと。血筋がいいというのはこういうことなんだな、と思いました。
とにかく、人に甘えることを知っている。私が、珍しく机に向かっていると、膝の座る、肩に乗る。寒いと、コタツに寝る。私が、一緒に寝ようと呼ぶと来る。私が寝るとまたコタツへ。野良猫の家猫版しか知らなかった私は、もうかわいくて、、、。感激
しかし、誰にでも、欠点があるように(??)、くぅと言うネコですが、彼女は、「男好き」
しかも家族に紹介、とまで行かなくても、家に連れ込む。オスネコも、シャムネコが多かったですね。あんなに近所にシャムネコがいるとは思わなかった。
でも、妊娠を繰り返すにしたっがって、相手の格が下がり始めましたね。10回、妊娠しましたが、最後の2回は野良猫。
子猫が、シャムネコや黒猫のうちはみんなもらってくれるんですが、かわいくても、模様が失敗して、ちょび髭なんかあったら、もうだめ。誰も見向きもしません
9回目か10回目、今急に思い出せなくなりました、ヤバッ。一匹だけ、ちょび髭が生まれました、女の子。家で飼うことにしました。
このネコは、プチ、と言うかわいい名前をつけましたが、お父さんが、野良だけではなく、もう一つ肩書きが。それは「泥棒ネコ」
その性格をしっかり受け取り、シャムネコのハーフと言う輝かしい面影はゼロ。
いろいろエピソードはありますが、すごかったことが2つ。一つが、長生きだったと言うこと。24才まで生きました。お母さんのくぅも17才まで生きましたから、、、。もう一つは、言葉を話す まぁ、あまり大きく期待しないでください。単に「ごはん」と「かあさん」と言うだけなんですが、、、。しかも、それを根気よく教えたのが、私の母、ヨコちゃです。
プチは散歩が好きなんですが、ある夏、実家に帰っているとき、プチの様子がおかしい。目が据わってるんです。散歩から帰って来ると、テレビの上にやっと上り、大声で叫ぶ。
「ンニューオン、ンニャーオン、、、、」
壁の上方の一点を見つめ、踏ん張って。数えてみたら、20回くらい繰り返してました。それが終わると、テレビの上で寝る。起きるとすぐ、「ごはん」が始まるんです。
不可解なことでした。「いったい、プチに何が起きたの?」
そんな時、新聞で『ネコも呆ける』と言う記事を読みました。
「プチは、呆けたんだ」
なんとなく、納得。
その年の夏、私たちがアメリカに戻ってから、2、3日で、プチはあの世に行ったと、ヨコちゃが言ってました。今から、4、5年前の話。
今日も付き合ってくれて、ありがとう。お粗末でした。
Monday, February 18, 2008
大発見!!!
手術の日、決まる!!!
先週、ドクターから電話があり、CT スキャンと、MRIをとりに行きました。
CTはすぐ終わりました。が、MRIを始める前に、技師に人が、しつこいくらい、
「金属のものをもってませんか。ポケットに金属製のもの、入ってませんか? じゃ、人工関節とか、、、本当に何もありませんか。そう、そう、ブラはつけてませんか? 」
あごの人工関節だけよ。他は、ないって言ってるのに、と内心。金属があると、僕の大切なマシーンが壊れちゃう、みたいな印象でした。
「大体、22、3分で終わります」
細かい!! でも早くていいな、と思いました。去年はもう1時間半かかりましたから、なんだかんだ言って。
ベッドに横たわり、顔にかかった髪をよせ(丁寧!)目にタオル、耳に耳栓をして、中にベッドが入りました。
ゴィーーーン、、、、パッ、パッ、パッ、、、。5分くらいして、
「うーん、だめです。顔の辺がボヤーッとしか写りません、残念ですが、、、」
本当に残念ですよ。保険もやっと承諾してくれたのに。と、愚痴は出しませんでしたが、家に帰りました。去年入れた、あごとTMJの人工関節が引っかかったんです。金属ですからね。
今朝は、またドクターに会って、手術のことを話しました。
「膝の手術は、危険もありますから、それに、終わってからのリハビリは地獄(と私には聞こえた)ですから、、、。2ヶ月くらいは。でも数ヶ月もすると、やってよかったと思いますから。今年中には右もしましょうね」
と言うわけで、手術は2月28日に決まりました。今日は前、引っかかった尿検査だけをもう一度して、帰って来ました。
どうか、大丈夫ですように!! 手術ができますように。
今日も、付き合ってくれて、ありがとうでした。
Tuesday, February 12, 2008
メンフィスの高校で発砲!!!
私はメンフィスに住んでいます。息子も高校に行ってます。普通に暮らしてる子にとって、暴力は見てるだけ、、的なところがあります。しかし、目の前でクラスメートが銃で撃たれたり、暴力を振るわれたら、いくら部外者でも、ショックは大きいんじゃないかと。
メンフィス市の教育委員会も、「子どもたちはどうしてこんなに怒っているんだろう」と首を傾げます。ここの新聞を見ると、ギャング関係では、といっています。これはテレビでも言ってませんでした。
メンフィス市長は、警察を増やせば解決みたいなことを前言ってましたが、でも、本当に必要なのは心のケアじゃないかな、と思います。子どもたちは、異句同音で
「こんなことが起こるなんて、信じられない」
と言ってます。
実は、悲しいことですが、メンフィス市の学校で銃の発砲事件は、今週で2回目、今年で3回目です。
全体を見ると、こういう事件は少数ですが、日本にまで知られてるなんて、今の今まで知らなかったので、ちょっとビックリでした。メンフィス全体の発砲事件、殺人事件の90%以上は、ギャング関係だと言われてます。(ここ強調です)
実際、私がこの町で事件のようなことにあうのは、せいぜい交通事故くらいです。
ありがたいですね、感謝です。
今の私には何もできませんが、気持ちを明るく持っていくしかないと。だって心配しても、何も始まらないですものね。
どんなところでも「住めば、都」って言うし、それにしても、みんな引っ越して行っちゃったけど。
Wednesday, February 6, 2008
ちょっと寒い日、嵐の後(!?)の静けさ、そして寒さ
ほんとは怖いけど、なぜかこの目が前いた犬のポチのようで、哀愁を感じるの。
、、、かわいい、、
ジャズちゃんは寒いのか、ストーブの前に座ってます。たまは、あれ? いつも、私を見張るかのようにソファーのところで寝ているのに、いません。どこ、いったんだろう???
きのうのトルネードで、亡くなった方が全部で45人、テネシーで24人と朝言ってました。ご冥福を祈ります。無事天国へ。
さっき、メンフィスの日本人の友達のチーちゃんと話してたら、彼女のところはすごかったらしいです、風が強くて。この辺は大丈夫でしたが。ショッピングモールが壊れたよう。停電のところも。
昨夜はそのため、ずっとトルネードのことをテレビでやってました。『アメリカン・アイドル』が見れなかった、と思ったら、天気のお兄さんが、まるで私の心を読んだかのように、
「トルネードで被害を受けた方がいっぱいいます。電気の無い人もいます。『アメリカン・アイドル』を見れないと、文句は言わないでくださいね」って。ビックリ!!
今、たま登場!
たまは、2003年のトルネードのような風の嵐を体験しました。私は日本にいましたが。そのときが怖かったのか、雨や雷があるとすぐ逃げます。大丈夫といっても、だめです。トラウマになってるんですね。
無事でよかったです。感謝ですね。
話が飛びますが、ともくが髪を切りました。2、3年前から髪を伸ばしたんです。私たちの友人が、切るといったら、
「おれは若かったとき、髪を伸ばしてたよ。ともくも伸ばしたら?」
それから、髪を伸ばしたんです。結構長くて、25センチはあったな。
床屋に行って切ったら、ただだったそうです。どうして? 髪を寄付したから。ここでは、がんの治療で髪が無くなる子どもたちのため、かつらを作るんです。メンフィスは自慢することが少ないけど、エルビスの家と聖ジュード子ども病院があります。この病院は難病の子とかがいろんなところから来ます。髪はそこに寄付と言うこと。
エルビスといえば、小泉さんがアメリカにきたとき、エルビスのところに来てました。ニュースでやってました。なつかしかったです。日本が。
Tuesday, February 5, 2008
トルネード警報が出る?!
ちょっと恐いなぁ、、、。非難準備、OK!!
たま、起きたばっかりで機嫌が悪い。
なんか、きょうボーっとしてます。眠い、、、。天気のせいかな???
ストームはまだ来てませんが、学校は半ドンで、ともくはじめ、友達一群がぞろぞろ帰って来ました。「おかえりぃ」
時折、ともくの部屋から、
「ギャーハハハ、、、」
と言う声が。どこの国でも、こういうのは同じね。ゲームやってるんです。
恐がりの黒猫、ジャズちゃんは、早速ソファーの下に隠れ、ねこ好きのフレッドにたまは思いっきりなでられてます。たまも臆病ちゃんですが、がわいがってくれる人で、男の人には反抗しない。女の人には、いくらかわいがってくれても、なでてもらっても、いきなり、「フニャー」と鳴き、手が出ます。それが早いんだな。
ともくはたまをからかうので、たまはともくを信用してません。先週、指にほうたいをしているので、どうしたのかな、と思ってたら、
「たまにやられた、いたかったぁ」
(ざまぁみろ!!!) 親が思うことではありませんね。反省。結構深くつめを引っ掛けられたようです。
ビリちゃは歯医者の予約があるので出かけました。まっ、仕方ないか。
Monday, February 4, 2008
まだ手術日ははっきりしませんが、、、
Saturday, February 2, 2008
今日は、2月3日、ヘロちゃんの誕生日
チュッ! 気持ちだけ。私もアメリカ慣れしちゃって、へへへ。(怒らないでね!! もち、私がぶーちゃんです)
私にも、弟がいます。今日は、その弟のヘロちゃんの誕生日。
「XX才、おめでとう!!」
去年は、ともくだけが日本に行きました。そのとき、ともくは喜んで帰って来ました。
「ヘロシおじちゃんが、いつ来てもいいって。自分の子どもと同じようなものだから。自分のうちだと思って」
ありがたいですね。
でも、ともくはその気ですから。いつも、
「ああ、日本に行きたいな、今すぐ!」
毎日、ホームシックのようなもの。それを忘れるために、いつも友達とつるんでる、と思ってます、私は。
そうそう、今日はヘロちゃんの誕生日です。この1年も、苦労もあるだろうけど、がんばって生きてくださいね。I love you!!(まぁ、照れないでね)
何事にも意味がある、、、、!?
待ったがかかりました、手術に、、、。
こんちは、元気度、今日の。
でも、相変わらず、やってます。食うぞぉ!!
いかがお過ごしですか、皆様。
結構、長いこと元気にやってました。先日、検査に行ったことはお知らせしましたが、その翌日、31日にドクター・トーングリンから電話が。それが、栄養面に関しては、
「よく、がんばってますよ。その調子で食べてください」
「はい」うれしかった。
「で、2,3言わなければいけないことがあります」
ちょっと不安になる私。声が上ずる。
「膀胱炎までは行きませんが、少しあやしい結果になってます。それで、薬を出します。一応注意をしたほうがいいので」
「はぁ、、、」
「それから、脳外科医と首のディスクの件で話し合ったんですが、レントゲンだけじゃよくわからないと言うので、MRIをとりに行ってください」
「じゃ、手術は?」
「万全を尽くすということで、2週間ぐらい延期にしようかと。27か28に手術に空きがあるので」
ということです。何事も「意味がある」というので、本当は不満にもかかわらず、(誰にも言わなかったけど)クールにしてました(いやっ、大人だ!!)。薬も取りに行ってもらい、その夜から飲み始めました。(いい子だ!!)でも心の底では、(何だろ、、)と。
翌朝、4時ころ目が覚めたんです。トイレ。ところがその後、眠れない。こんなことは余りありません。しかも足全体が痛くて、立っても座っても楽にならない! 7時、またトイレ。そしたら、始まったんです、寒気が。いやー、あせりました。熱も出て、お昼過ぎまで寝てました。
ラッキーだったのは薬を飲み始めていたので、熱はそれ以後、出ませんでした。よかったぁ。
やっぱり、意味があるんですね。
月曜日にどこで、いつMRIをやるか、電話が来ることになってますが。