いらっしゃいませ、私のブログヘ

引越しします。

Saturday, March 29, 2008

うれしかったこと

サムとジョーダン

退院してきて、久しぶりに一人を味わってました。病院でも、部屋で一人になることはあってもなんか落ち着かない。人に会いたくなる。返って寂しさを感じてしまう感じ。

家では一人でもちっとも寂しくなく、一人をニャンこたちと満喫してます。そして、変化が一つ。テレビが見たくなくなりました。もちろん日本のDVDは別ですが。

その代わりラジオを聴いてます。ラジオからの音楽がすごく和みます。

キャー。今すごく大きい雷!! いいなぁ~。

さて、先日、一人でDVDを見て、大口をあけて笑ってたら、電話が。

「あ、お母さん。今から友達つれてってもいい?

ともく。もちろんOKしました。

しばらくして、いつもの4人組が帰ってきました。

いつもどおりリビングの真ん中に陣取っている私の横をすり抜けて行くこたち。

すると、いつもは軽く手を上げて、“Hi”と言うサムが、

Welcome back

いつもたまだけに熱く挨拶し、目も合わせないフレッドが、横目で、しかもスマイルで通ってく。

最後に、ジョーダンが、

Oh, how you feeling? We’re worried about you! I missed you!”

思いがけずの、やさしい言葉に、うれしくなりました。こんな言葉をこの子たちから聞けるとは思っても見なかったんです。いやぁ、この子たちも捨てたもんじゃないなぁ、とすごく将来が明るく見えてきました。

Friday, March 28, 2008

ただいま!!!


おととい帰ってきました。

入院するとき、1週間と軽い気持ちで行ったのに、4日目にリハビリに移され、その日からもうリハビリ。

外科医が
「最低2週間」
と言ってたので、その気でいたら今日になってしまいました。

かれこれ4週間いました。アメリカでもリハビリは長いんですね。普通3週間から6週間いる、と言ってました。ここのリハビリセンターはこの辺でもかなりいいところのようです。

積もる話はいっぱいありますが、少しずつ書いていきたいと思います。

自分でも気づかなかったんですが、かなり順応性のある性格になってました。
楽しかった、と今は言えますが、前半は泣いてましたが。

今は家での生活に慣れないと、と言うところです。


病院では、気を張っていたせいか、そのつもりはなかったんですが、今こうして家にいると、なんかほっとして疲れが、、、。年かな??? なんと言っても、寝たと思ったら、起こされる生活でした。

リハビリのおかげで、この3,4年出来なかったことができるようになって帰ってきました。これも詳しく後で書きたいと思います。

膝も順調に回復し、外科医が、手術前かなり心配してたんですが、

「こんなにうまく行って、すごく満足してます。この分なら右の膝も3ヶ月から6ヶ月以内にしてもいいですよ。いやぁ、よくがんばったね」

「でも、手術をしたのはあんたなんだから、よくやったのは君だよ!!! 私は寝ていただけよ」

と、口の減らぬ私。来週、外来で会うので、なんと言うか楽しみです。

家では、ネコのたまが、
「さみしかったにゃん」

と言って、そばから離れません。今も私の後ろのベッドで寝てます、長くなって。
ジャズちゃんはさっきのぞきに来ました。

今夜はまたニャン子たちと寝れる!!!

なんか意味のない日記ですが、しばらく頭を使っていなかったので、これはご愛嬌とお許しを。

皆様、これからもよろしくね揺れるハート

Wednesday, February 27, 2008

行ってまいりま~~す、まな板の上の鯉??

とうとう明日になりました。 元気をありがとうございます。

毎日、日本の姉からタイミングよく送られてきたDVDを見て過ごしてます。
すべて忘れられます。

明日は6時半まで行くので、朝が大変ですが、まぁ、細かいことは考えず、行ってまいります。

大体1週間で帰ってきます。
じゃ、そのときまた書きます。

Friday, February 22, 2008

車椅子生活 in アメリカ

バンに乗るところです。もっといい服、着ればよかった、、、(汗)
ステップが上がり、ドアが閉まります。


今日のメンフィスは曇ってますね。ちょっと寒そう。4度くらいかな?

今日はまだ金曜日で、ともくがさっき電話してきて、

「お母さん、今からサムのところに行ってもいい?

と言うので、

「私はいいけど」

ビリちゃも、今日は外に仕事に行き、ジャズちゃん、たまの3人でお留守番です。あ、後、テレビも。

ニャン子たちは、ソファーの上でしっかり寝てますね、寒いから。

さて、

電動車椅子を使うようになってから、かれこれ、1年半がたちます。その前は車椅子を押してもらってました。とにかく、足が痛くて歩けないまでになり、わかりきったことですね。

2005年に歩くのを断念しましたが、その夏、ビリちゃのお母さんが古い電動車椅子を安く買ってくれたので、かなり助かりました。そのころまだ学校なんか行ってたので、

「これで、自分ひとりでいける」と喜びました。

エンブレルを使い始めてから、痛みが楽になったので、少しは歩けるかと思いましたが、膝はかなり変形が進み、固まってる感じで、これ以上歩くと変形が進む、なんて思ったり、、、、。

実際、このアメリカでも、車椅子が行けないところがあります。建物に入るスロープがなかったり、ひどいときは、3階のクラスへ行くのに、エレベータが無かったこともあります。ちょっと泣きました。

今は、一人で出かけることがないので、いいんですが、そのうちまた一人で出かけたいと思ってます。

その中で、気づいたことを少しずつ書いてみたいな、と思いました。

その一つが、アメリカは自動ドアが少ない、と言うこと。学校なんかも、ボタンを押して開けられるドアがあります。でも、全部じゃないんですね。結構こまります。結局、誰か通るのを待って、頼んであけてもらわないといけませんから。


それから、3つ行ってる病院のドアも、2つは開けることができないし、検査に行ってもドアが開けられなかったな。。

去年の手術から、1年以上、一人で出かけていないので、一人で出かけられるようになるためのリハビリ、時間かかるかな、って思ってます。

後、家事のリハビリ。

一人でいるリハビリ(???)は結構順調に行ってます。

運がいいと思ったのは、今の家に前住んでいた夫婦も、奥さんがリウマチだったそうで、フロアに段差がありません。家との縁を感じましたね。

そんなことを考えてた、手術前の今日の私でした。

今日も付き合ってくれてありがとう。

Wednesday, February 20, 2008

ネコも呆ける!!‐-プチ、その1

プチの写真がないので、こんな感じかな、もっとかわいい(飼い主の欲目?

自慢できることがあまりない私ですが、その中で自信を持って(???)自慢ができることは、子猫を50匹育てたことです。エッヘン!

大学のとき、先輩からシャムネコをもらったんです。そのネコのかわいいこと、頭のいいこと。血筋がいいというのはこういうことなんだな、と思いました。

とにかく、人に甘えることを知っている。私が、珍しく机に向かっていると、膝の座る、肩に乗る。寒いと、コタツに寝る。私が、一緒に寝ようと呼ぶと来る。私が寝るとまたコタツへ。野良猫の家猫版しか知らなかった私は、もうかわいくて、、、。感激

しかし、誰にでも、欠点があるように(??)、くぅと言うネコですが、彼女は、「男好き」

しかも家族に紹介、とまで行かなくても、家に連れ込む。オスネコも、シャムネコが多かったですね。あんなに近所にシャムネコがいるとは思わなかった。

でも、妊娠を繰り返すにしたっがって、相手の格が下がり始めましたね。10回、妊娠しましたが、最後の2回は野良猫。

子猫が、シャムネコや黒猫のうちはみんなもらってくれるんですが、かわいくても、模様が失敗して、ちょび髭なんかあったら、もうだめ。誰も見向きもしません

9回目か10回目、今急に思い出せなくなりました、ヤバッ。一匹だけ、ちょび髭が生まれました、女の子。家で飼うことにしました。

このネコは、プチ、と言うかわいい名前をつけましたが、お父さんが、野良だけではなく、もう一つ肩書きが。それは「泥棒ネコ」

その性格をしっかり受け取り、シャムネコのハーフと言う輝かしい面影はゼロ。

いろいろエピソードはありますが、すごかったことが2つ。一つが、長生きだったと言うこと。24才まで生きました。お母さんのくぅも17才まで生きましたから、、、。もう一つは、言葉を話す   まぁ、あまり大きく期待しないでください。単に「ごはん」と「かあさん」と言うだけなんですが、、、。しかも、それを根気よく教えたのが、私の母、ヨコちゃです。

プチは散歩が好きなんですが、ある夏、実家に帰っているとき、プチの様子がおかしい。目が据わってるんです。散歩から帰って来ると、テレビの上にやっと上り、大声で叫ぶ。

「ンニューオン、ンニャーオン、、、、」

壁の上方の一点を見つめ、踏ん張って。数えてみたら、20回くらい繰り返してました。それが終わると、テレビの上で寝る。起きるとすぐ、「ごはん」が始まるんです。

不可解なことでした。「いったい、プチに何が起きたの?

そんな時、新聞で『ネコも呆ける』と言う記事を読みました。

「プチは、呆けたんだ」

なんとなく、納得。

その年の夏、私たちがアメリカに戻ってから、23日で、プチはあの世に行ったと、ヨコちゃが言ってました。今から、45年前の話。

今日も付き合ってくれて、ありがとう。お粗末でした。

Monday, February 18, 2008

大発見!!! 

ジャズちゃん。子どものころは、キキに似ていると言われたことも、、、。


たま、「ちょっと、お母さん」と手を出す。


実は、我が家にもデジタルカメラがあります。しかし、これが私の手には大きすぎて、持てない、、、(グスン)

私は、ビデオカメラもほしくて、安くていいのを買ったんですが、どうしても写真にできなかった。もうできないと決め込んでました。ともくも、「できない」と言って、相手にしてくれなかったし。

ところが、今ともくが来て、

「ビデオを写真にする方法わかったよ」

と言って、教えてくれました。

できました。うっれしーーー!!!

その写真を載せました。もっといっぱい撮るぞぉーー。


手術の日、決まる!!!

先週、ドクターから電話があり、CT スキャンと、MRIをとりに行きました。

CTはすぐ終わりました。が、MRIを始める前に、技師に人が、しつこいくらい、

「金属のものをもってませんか。ポケットに金属製のもの、入ってませんか? じゃ、人工関節とか、、、本当に何もありませんか。そう、そう、ブラはつけてませんか? 」

あごの人工関節だけよ。他は、ないって言ってるのに、と内心。金属があると、僕の大切なマシーンが壊れちゃう、みたいな印象でした。

「大体、223分で終わります」

細かい!! でも早くていいな、と思いました。去年はもう1時間半かかりましたから、なんだかんだ言って。

ベッドに横たわり、顔にかかった髪をよせ(丁寧!)目にタオル、耳に耳栓をして、中にベッドが入りました。

ゴィーーーン、、、、パッ、パッ、パッ、、、。5分くらいして、

「うーん、だめです。顔の辺がボヤーッとしか写りません、残念ですが、、、」

本当に残念ですよ。保険もやっと承諾してくれたのに。と、愚痴は出しませんでしたが、家に帰りました。去年入れた、あごとTMJの人工関節が引っかかったんです。金属ですからね。

今朝は、またドクターに会って、手術のことを話しました。

「膝の手術は、危険もありますから、それに、終わってからのリハビリは地獄(と私には聞こえた)ですから、、、。2ヶ月くらいは。でも数ヶ月もすると、やってよかったと思いますから。今年中には右もしましょうね」

と言うわけで、手術は228日に決まりました。今日は前、引っかかった尿検査だけをもう一度して、帰って来ました。

どうか、大丈夫ですように!! 手術ができますように。

今日も、付き合ってくれて、ありがとうでした。